一般的な危険性評価試験

その他の危険物評価について

化学物質の中には潜在的危険性を有するものが多数あり、危険性について知られている物質は消防法や国連勧告などでその取扱いが規制されています。しかしながら研究室段階で新たに合成された新規物質などはその性質に不明な点が多く、特に合成反応の過程で生じる中間体などは、中間体であるが故に高い反応性を持つものが多く、不安定なものが多くあります。また、今まで安全と思われてきた物質であっても、特殊な条件下では極めて危険な徴候を示すことがあり、その物質の危険性を十分に把握していなかったために大事故になった例が少なくありません。実験室段階から実際の製造に至るまで、災害を防止して安全に作業を行うためには、取り扱う物質についての危険性を十分に把握し、その危険性に応じた対策を施して作業をすることが必要です。

危険性評価を行う場合の一般的なフローと代表的な試験例を示します(試験はこれ以外にも多数あります)。

文献調査や理論計算はあくまで机上の調査なので、実際の評価は下記に示すスクリーニング試験から始まる実際の物質を取り扱う試験を行い、得られた結果から評価することが重要です。

スクリーニング試験

試験による評価を行う場合、いきなり大量の試料を取り扱う試験は危険です。最初は数mgないし数gの試料から始めて潜在的な危険性を評価します。このような試験を一般的にスクリーニング試験と呼び、危険性評価におけるスタート位置でもあります。

熱分析試験

1~2mgの物質を所定の容器(セル)に入れ、任意の昇温速度(通常は10℃/min)で加熱させて試料の熱的な挙動を見ます。方法は開放セルを使用する場合と密封セルを用いる場合がありますが、開放セルの場合は液体だと昇温中に揮発してしまうため、危険性評価では密封セルを用いるのが一般的です。この試験で得られる情報は、1.発熱開始温度、2.発熱量、3.発熱速度の3つであり、発熱開始温度からは熱安定性が、発熱量からは燃焼性・爆発性の可能性が、発熱速度から分解時の激しさが推測できます。わずか数mgの試料で試験ができることからスクリーニング試験として非常に有用な手段であり、実験室での少量合成段階から危険性を評価することができますが、潜在的な評価しかできません。あくまでスクリーニングとして位置付け、実際の評価は後に述べる標準試験の結果から判断すべきです。

ARC試験

熱的安定性のデータ、例えばSADTを求めるには後述する蓄熱貯蔵試験を通常行いますが、蓄熱貯蔵試験は400mlという多量の試料を用いるため、分解があまりにも激しいと恒温槽が破壊されることがあります。ARC(Accelerating Rate Calorimeter)試験は、ある雰囲気温度において試料の発熱を検知すると、それに見合うだけ雰囲気温度も上昇させて断熱状態を作り出します。この時の測定結果から各種の計算をすることにより、大量の試料を用いなくてもSADTを推測することができます。なお、固体の場合は比熱データが必須となります。またインジェクション、スターラーのオプションが対応可能となりました。事前にご相談ください。

爆発性の試験

「爆発」現象は正しくは爆轟(Detonation)と爆燃(Deflagration)とに分けられます。爆轟は衝撃波を伴い音速以上で伝播し周囲の物体を破壊する威力を持ちます。爆燃は衝撃波を伴わず、反応速度は音速以下で周囲の物体を破壊するほどの威力はないですが、密閉容器を破裂させたり物を吹き飛ばしたりします。爆轟はいろいろな条件で伝わったり中断したりするので、条件によっては爆発する物質が全く爆轟しなかったり、逆に全く爆発しないと思われていたものが爆轟したりします。その中で重要な因子は、1.物質量の大きさ、2.密閉度、3.試料の密度、4.起爆の強さ、です。

一部で爆発・分解が起こってもそれが穏やかなもので、かつ持続しなければ大きな災害にはならず、初期対応が可能です。また爆発・分解を起こしやすいか否かは取扱い時の注意に必要な情報です。

BAM50/60鋼管試験

爆発性の試験としては最も標準的な試験で、試料を内径50mm、外径60mm、長さ500mmの鉄管に詰めた後、50gの高性能爆薬(伝爆薬)を起爆させて試料が爆発するか否かを調べます。装填された試料は直径50mmと大きく、鉄管を土に埋めて起爆させるため密閉度も十分あり、高性能爆薬で起爆するので起爆力も大きいです。爆発性評価の条件をほぼ完全に満たしており、この試験で爆発しない物質はまず爆発しないと考えて差し支えありません。

弾動臼砲試験

英国HSEで開発された試験法で、臼砲と呼ばれる大砲の一種に試料をセットし、雷管で起爆したときの臼砲の振れ幅を標準物質と比較して爆発威力を算出します。爆発性の試験はBAM50/60鋼管試験が一番適していますが、1回の試験(1回の起爆)に約1,000mlと大量の試料が必要です。これに対して弾動臼砲試験は1回の試験(1回の起爆)に必要な試料量は5gで良いため、大量の試料が準備できなくても少ない試料量で爆発性の有無を判断することができます。

評価 【爆発威力大】爆発威力がTNT比25%以上
【爆発威力中】爆発威力がTNT比10%以上25%未満
【爆発威力小】爆発威力がTNT比10%未満

可変起爆剤試験、可変試料量試験

爆発性物質は、与える衝撃の強さを減少させていくと爆発しなくなります。弾動臼砲を用いた可変起爆剤試験は、起爆する薬量を変化させて爆発性物質の衝撃感度を評価します。一方可変試料量試験は、弾動臼砲を用いて試料量と振れ幅の関係を調べます。試料量の増加に伴って振れ幅も増加する場合、その物質は伝爆性有りと評価することができます。

落つい感度試験

JIS K4810に規定される試験で、0.1mlの試料を鋼性の円筒コロに挟み、上から5kgの鉄槌を落下させて爆発するか否かを調べます。

評価
(JIS等級)
【1級】6分の1爆点が5cm未満
【2級】6分の1爆点が5cm以上10cm未満
【3級】6分の1爆点が10cm以上15cm未満
【4級】6分の1爆点が15cm以上20cm未満
【5級】6分の1爆点が20cm以上30cm未満
【6級】6分の1爆点が30cm以上40cm未満
【7級】6分の1爆点が40cm以上50cm未満
【8級】6分の1爆点が50cm以上

摩擦感度試験

JIS K4810に規定される試験で、0.01mlの試料を磁器製の板と棒の間に挟み、棒に荷重をかけた状態で板を1往復だけ動かして爆発するか否かを調べます。

評価
(JIS等級)
【1級】6分の1爆点が1kgf未満
【2級】6分の1爆点が1kgf以上2kgf未満
【3級】6分の1爆点が2kgf以上4kgf未満
【4級】6分の1爆点が4kgf以上8kgf未満
【5級】6分の1爆点が8kgf以上16kgf未満
【6級】6分の1爆点が16kgf以上36kgf未満
【7級】6分の1爆点が36kgf以上

粉塵爆発試験(下限界濃度測定)

JIS Z8818に規定される試験で、試料をアクリル製の円筒容器に入れ、乾燥空気で円筒内に粉塵を発生させて高電圧の放電で着火します。粉塵爆発が起これば火炎が円筒内を伝播して、上部に取り付けられた破裂板を破裂させます。粉塵爆発は身近な物質でも起こり、例えば小麦粉、砂糖、コーンスターチのような食品でも粉塵爆発は起こるので注意が必要です。なお、試料は300μmの篩を通過することが条件です。

評価 【爆発性高】爆発下限界濃度が45g/m3以下
【爆発性中】爆発下限界濃度が45g/m3を超え100g/m3未満
【爆発性低】爆発下限界濃度が100g/m3以上

粉塵爆発試験(爆発圧力特性)

JIS Z8817に規定される試験で、粉塵爆発を起こした際の爆発圧力及び圧力上昇速度を測定します。最大圧力上昇速度から爆発指数(Kst)が計算されます。これらの値は粉体プロセスにおいて、爆発放散口を設計する際に必要となります。

評価 【St 0】爆発指数Kstが0
【St 1】爆発指数Kstが1以上200以下
【St 2】爆発指数Kstが200を超え300以下
【St 3】爆発指数Kstが300を超える

粉塵爆発試験(最小着火エネルギー測定)

粉塵爆発を起こす物質の場合、その最小着火エネルギーを知ることは安全対策上極めて重要です。数値が小さいほど着火し易く、静電気の発生によって粉塵爆発を起こす可能性があります。最小着火エネルギーの値によっては、そのエネルギーに匹敵する静電気の発生を抑制する対策が必要になります。

但し、最小着火エネルギーは試料の粒子径、粉塵濃度、水分量、酸素濃度、雰囲気温度によって影響を受けるので注意が必要です。

粉塵爆発試験(限界酸素濃度測定)

粉塵爆発は、下限界濃度以上の粉塵濃度、最小着火エネルギー以上の放電エネルギー、雰囲気中の酸素の存在によって引き起こされます。粉塵爆発を起こしやすい物質の場合、粉塵爆発を起こす限界酸素濃度を知ることにより、不活性ガスで置換する等の安全対策を考えることができます。

爆発限界測定

引火性の高い有機物を取り扱う場合、試料表面は気化した有機溶媒と空気との混合気が形成されます。空気との混合比が爆発範囲に入っている場合は、着火源により爆発を起こします。爆発する下限界濃度が低い物質や、爆発範囲が広い物質の場合は、取扱いに際して注意が必要と言えます。

爆発限界の値は使用する装置によって条件が違うので結果に影響が出る場合があります。ここでは北川式爆発限界測定装置を用いて測定を行い、爆発限界のほかに、限界酸素濃度を測定することも出来ます。

分解性(安定性)の試験

熱分解性、あるいは熱安定性の評価は、試料を加熱したり貯蔵・運搬の際の温度管理を行う上で非常に重要な項目です。熱安定性や分解時の激しさはスクリーニング試験である熱分析試験から推定することができますが、熱分析試験で扱う試料量はわずか数mgであり実際的ではありません。一般に、取り扱う試料の量が多くなるに従って内部は断熱状態となるため、分解開始温度は熱分析試験で得られた結果よりも低下する傾向があります。(熱安定性の評価がまだ十分になされていない時に試料を取り扱う場合は、熱分析試験による分解開始温度よりかなり低い温度で取扱い・貯蔵をする必要があります。)

圧力容器試験

有機過酸化物の分解の激しさを評価する試験法として、古くから用いられてきた試験です。試料を圧力容器と呼ばれる容器に入れ、オリフィス板を取り付けて加熱します。分解して発生したガスはオリフィス孔から放出されますが、オリフィス径が小さいとガスの発生速度が放出速度を上回り、容器内の圧力が高くなってついには破裂板を破裂させます。この破裂板を破裂させる最小のオリフィス径で危険性を評価します。消防法では1mmと9mmが判定ラインですが、国連法では、1、3、5及び9mmで評価します。

赤熱鉄皿試験

燃焼時の激しさを評価する試験法で、BAM(ドイツ連邦材料試験所)で開発された試験です。約700℃に熱した直径120mmの半球状の鉄皿に5gの試料を投入し、着火するか否か、着火した場合は燃焼状況を観察します。クルップ式発火点試験の大型版とも言えますが、試料量が多いため有機物でも着火が見られます。定性的な評価ではありますが、スクリーニング試験としても有用です。

蓄熱貯蔵試験

自己反応性のある物質の貯蔵時の安定性を評価する試験で、400mlの試料を500mlのデュワー瓶に入れ、これを一定温度に保った恒温槽内に設置して内部の温度変化を観察します。反応が起きれば温度変化が観察記録され、試料がデュワー瓶から吹き出していたり恒温槽内部に残渣が付着していたりします。1週間以上放置しても分解を起こす最低の温度をSADT(Self-Acceleration Decomposition Temperature)と呼び、国連勧告ではこの温度より更に低い温度を管理温度にする必要があるとしています。400mlという大量の試料を用いるので、実際に試験を行う前に爆発性の試験や圧力容器試験などの標準試験を十分に行い、激しい分解が予想される場合は、爆発しても危害を及ぼさない場所、またはその対策を施した場所に恒温槽を設置して試験を行わなければなりません。

自然発火性試験(SIT試験)

自然発火とは、「物質が空気中で発火温度よりはるかに低い温度で自然に発火し、その熱が長時間蓄熱されて発火点に達し、遂に燃焼に至る現象」と定められており、SIT(Spontaneous Ignition Tester:自然発火装置)は数gの試料を断熱状態に置き、燃焼にいたるまでの時間を測定する装置です。

燃焼性の試験

燃焼による危険性は爆発による危険性と比較すると災害規模は小さいと言えます。しかしながら、着火し易いか否かは取扱時の注意に、着火した時にそれが激しいか否かは重大な事故に発展するかどうかということで非常に重要で、防火壁や保安距離など周囲に影響を及ぼさない対策が必要であるかどうかの判断基準になります。

BAM着火試験

様々な着火源に対しての着火の危険性を評価する試験で、BAM(ドイツ連邦材料試験所)で開発された試験が有名です。セリウム-鉄火花、赤熱鉄棒、導火線及び小ガス炎の4種類の着火源でもって着火するか否かを試験します。順次条件が厳しくなっており、最後の小ガス炎でも着火しないような物質は、着火性については安全といえます。1回の試料量も3mlと少量であるため、スクリーニング試験としても行えます。

クルップ式発火点試験

固体物質や粉体物質に対して行われる試験で、火薬類の試験方法として古くから行われている試験です。加熱された鉄製のブロック(坩堝(るつぼ))に少量の試料を投入し、投入から発火するまでの時間を計測します。もともとが火薬類の試験なので、一般の有機物の場合は単に赤熱するだけのものが多く、また試料の形状によって結果が変わってくるので注意が必要です。有機物の場合は気化・蒸発してしまう場合が多く、このような場合は下記に示すASTM式が有効です。

ASTM式発火点試験

ASTM E659に規定される試験で、加熱された500mlの丸底フラスコに試料を投入し、発火するか否かを観察します。固体の有機物であっても、溶融して丸底フラスコ内に気化した状態で溜まるため、発火温度を測定することができます。試料量によって最低発火温度が変わってくるので、通常はその中でも一番低い発火温度をその物質の発火温度としています。

浮遊状態・堆積状態の発火温度測定(VDI2263)

前者は粉体が加熱された空間内に分散された際の、後者は堆積状態で加熱された際の発火・発煙の有無を評価する試験で、ドイツ規格のVDI2263に準じた方法で試験を行います。

各試験の必要試料量

新規物質の場合は実験室レベルでの合成となるため、準備できる試料が限られてしまいます。試験項目により必要試料量は異なりますが、試料量に応じた試験項目として一例を示します。

分類 試験項目 試料量
爆発性試験 BAM50/60鋼管試験 3,600ml
弾動臼砲試験 50g
可変起爆剤試験、可変試料量試験 150g、300g
落つい感度試験 2g
摩擦感度試験 2g
粉塵爆発試験(下限界濃度測定) 30g
粉塵爆発試験(爆発圧力特性) 300g
粉塵爆発試験(最小着火エネルギー測定) 300g
粉塵爆発試験(限界酸素濃度測定) 300g
爆発限界測定 300ml
分解性(安定性)試験 圧力容器試験 150g
赤熱鉄皿試験 20g
蓄熱貯蔵試験 2,000ml
自然発火性試験(自己発熱性試験) 2,500ml~
燃焼性試験 BAM着火性試験 20ml
クルップ式発火点試験 50g
ASTM式発火点試験 50ml(液体)、50g(固体)
浮遊状態・堆積状態の発火温度測定(VDI2263) 100g
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